大学病院も3年目になり、後輩への教育や研究の補助などもしていたのですが、歯科医師であった父が脳梗塞になり倒れてしましました。
無事一命はとりとめ、現在でも半身不随ながら元気に療養しておりますが、当時は家族全員で24時間看病にあたりました。
3ヶ月ほど和泉府中の駅前にある父の診療所、そして現在リニューアルしましたが当時は母が院長をしていた当診療所を休診せざるをえませんでした。
当時は、患者さまに非常にご迷惑をおかけしたのを、心よりお詫びいたします。
弟は歯科大学生だったので、問題はなかったのですが、兄は勤務していた診療所を、私は大学病院と修行に行かせていただいてた3ヶ所の診療所を辞めることになりました。
そして、母、兄、私の3人で2つの医院を診療することになったのです。
しかしこの出来事により、自分の総合的な歯科知識や技術の低さを痛感し、いろいろな勉強会や学会で様々な勉強をするきっかけとなりました。
また『大学病院の歯周病科の先生』という看板で診療していたときと、2代目の若い歯医者さんとでは、患者様との信頼関係をつくる難しさも雲泥の差でした。
ほんとに色々な学びや、気付きをいろんな方からいただけた時期でした。
ありがとうございました。 |